中小企業のIT-BCP入門 ― 災害・障害時にビジネスを止めないための最低限の準備

「BCPは策定したが、IT面の対策は手つかず」― 中小企業でよく聞く言葉です。紙のBCPマニュアルに「サーバーが使えない場合の代替手段」と書かれていても、具体的な手順がなければ機能しません。

本記事では、中小企業が最低限整備すべきIT-BCPの項目を、現実的な範囲で解説します。

IT-BCPとは何か

IT-BCP(IT Business Continuity Plan)は、自然災害やサイバー攻撃によってITシステムが停止した場合に、事業を継続するための計画です。通常のBCPがヒト・モノ・カネを対象にするのに対し、IT-BCPはITインフラ、データ、通信手段に焦点を当てます。

想定すべき3つのシナリオ

シナリオ1: 自然災害(地震・水害・停電)

オフィスやサーバールームが被災し、物理的にアクセスできなくなるケースです。オンプレミスのサーバーが水没・破損した場合、データとシステムの両方を失うリスクがあります。

シナリオ2: サイバー攻撃(ランサムウェア)

ランサムウェアによってサーバーやPCのデータが暗号化され、業務システムが使用不能になるケースです。近年の医療機関や製造業の被害事例でも、復旧に数週間〜数ヶ月を要したケースが報告されています。

シナリオ3: SaaS / クラウド障害

Microsoft 365やGoogle Workspaceの大規模障害により、メール、ファイル共有、ビデオ会議が使えなくなるケースです。クラウドだから安全とは限りません。

このシナリオは他の2つと性質が違います。自社では復旧できません。 できるのは、復旧を待つ間に業務を止めない工夫だけです。

  • 障害情報の確認先を決めておく — 各サービスの稼働状況ページ。管理者以外も見られるようにしておく
  • 連絡手段の代替を1つ用意する — メールもTeamsも同時に落ちる前提で、電話・SMS・別サービスのいずれかを決めておく
  • 「復旧待ち」を全社に伝える手段を持つ — 情シスへの問い合わせが集中し、対応そのものが滞ります

最低限整備すべき5項目

1. 重要業務とITシステムの紐付け

自社の事業継続に不可欠な業務(受発注、請求、顧客対応など)と、それに紐づくITシステムを一覧化します。すべてのシステムを同時に復旧させることは不可能なので、復旧の優先順位を決めます。

優先順位は「何日止まったら困るか」で決めてください。 RTO(目標復旧時間)やRPO(目標復旧時点)という用語を先に持ち出すと、議論が止まります。

業務何日止まったら困るか紐づくシステム復旧順位
受発注1日販売管理、メール1
出荷指示1日在庫管理2
請求・入金確認5日(月末は1日)会計、ネットバンキング3
給与計算支給日の3日前まで人事システム4

「どのデータまで戻ってよいか」も併せて決めます。 前日のバックアップから復旧するなら、当日分の入力は消えます。手書き伝票からの再入力で回るのか、それとも許容できないのか。ここが決まると、必要なバックアップの頻度が決まります。

この表は経営層と一緒に作ってください。 IT担当者だけで決めると、現場の繁忙期(月末・決算期)の事情が抜けます。

2. バックアップの3-2-1ルール

3つ以上のコピーを、2種類以上の媒体に、1つはオフサイトまたはオフラインで保管する ― この原則を徹底します。クラウドバックアップに加えて、外付けHDDやテープでのオフラインバックアップを確保しましょう。

ランサムウェア対策としては、「オフライン」が要件です。 常時接続の外付けHDDやNASは、本体と一緒に暗号化されます。クラウドバックアップも、管理者アカウントが乗っ取られれば削除され得ます。接続していない媒体、または削除できない設定のコピーを1つ持つことが分かれ目になります。

復元テストを年1回実施してください。 取得できていることと、戻せることは別です。確認するのは、①手順を担当者以外でも実行できるか ②復元にどれくらい時間がかかるか ③バックアップ自体が感染していないか、の3点です(3-2-1ルールの詳細)。

3. 代替通信手段の確保

メールやTeamsが使えなくなった場合の代替連絡手段を決めておきます。個人携帯の連絡先リスト、LINEやSMSでの緊急連絡網、全社員の携帯電話番号リスト(紙ベースも含む)を事前に準備します。

連絡網で見落とされやすい点

  • 個人の連絡先を業務で使うには、本人の同意が必要です。 入社時の手続きに組み込むか、年1回の更新時に確認します
  • リストは紙でも保管する。 名簿がファイルサーバーにしかなければ、有事に開けません
  • 年1回は更新する。 退職者が残り、新入社員が載っていないリストは使えません
  • 社外の連絡先も入れる。 保守ベンダー、回線事業者、主要取引先、金融機関。契約番号も併記しておくと問い合わせが早く済みます

4. リモートワーク体制

オフィスに出社できない場合でも業務を継続できるよう、リモートワーク環境を整備しておきます。VPNまたはクラウドサービスへのアクセス手段、自宅からの業務に必要なPCの準備、リモートでの承認・決裁フローの整備が含まれます。

5. 復旧手順書の整備

障害発生時に「何を、誰が、どの順番で」復旧させるかを手順書としてまとめます。手順書はIT担当者だけでなく、経営層や各部門の責任者にも共有しておきます。

手順書は印刷して保管してください。 ファイルサーバーやクラウドにしか置いていない手順書は、まさにそれらが使えないときに開けません。IT担当者の自宅にも1部あると確実です。

手順書に入れておくべき情報

  • 各システムの管理画面のURLと、管理者アカウントの所在(パスワードそのものは別管理)
  • 保守ベンダーの連絡先と契約番号、対応時間帯
  • 回線・機器の型番と設置場所
  • バックアップの保管場所と、復元の実行手順
  • 社内外への連絡文のひな形(取引先への一次連絡は、事実だけを短く伝える形で用意しておく)

IT担当者が1人の会社では、その担当者が被災・不在の場合を想定してください。 手順書は「自分が読む用」ではなく「代わりの人が読む用」に書きます。

年に1回の訓練

IT-BCPは策定しただけでは意味がありません。年に1回以上、実際にバックアップからの復旧テスト、代替通信手段での連絡訓練、リモートワーク切り替えの演習を行い、手順の有効性を検証しましょう。

システムを止める必要はありません。 1時間の卓上訓練で十分です。

  1. シナリオを提示する(例:「ファイルサーバーが暗号化され、業務システムが開けない」)
  2. 参加者に「あなたは次に何をしますか」を順番に答えてもらう
  3. 実際に連絡先リストを開き、電話番号が最新かを確認する
  4. 決まっていなかったこと、担当が不明だったことを記録する
  5. 手順書と体制表を更新する

訓練の目的は「できること」の確認ではなく「決まっていないこと」の発見です。 スムーズに終わったらシナリオが甘すぎます。「バックアップも暗号化されていた」「IT担当者が不在」といった条件を足してください。

経営層を必ず参加させてください。 業務停止や公表の判断を求められる場面を体験してもらうことに、最大の意味があります。

まとめ

  • SaaS障害は自社では復旧できない。障害情報の確認先と代替連絡手段だけを決めておく
  • 復旧の優先順位は**「何日止まったら困るか」**で決める。RTO・RPOという用語から入らない
  • どのデータまで戻ってよいかを決めると、必要なバックアップ頻度が決まる
  • 優先順位は経営層と一緒に作る。IT担当者だけでは繁忙期の事情が抜ける
  • ランサムウェア対策の要件はオフライン。常時接続のNASは本体と一緒に暗号化される
  • 復元テストを年1回。担当者以外が実行できるか、何日かかるかを確認する
  • 連絡網は紙でも保管し、年1回更新する。個人連絡先の業務利用は本人同意が要る
  • 連絡先には保守ベンダー・回線事業者・金融機関と契約番号も入れる
  • 手順書は印刷して保管する。「代わりの人が読む用」に書く
  • 訓練は1時間の卓上演習で十分。目的は「決まっていないこと」の発見
  • 経営層を必ず参加させる。業務停止と公表の判断を体験してもらう

情シス365では、IT-BCPの策定支援からバックアップ体制の構築、定期的な復旧テストの実施まで支援しています。60分無料相談をご利用ください。

Security365 — セキュリティ運用

脅威監視・アラート対応・ポリシー策定まで、月額定額でプロが支援。セキュリティ対策を「自分ごと」から「チーム体制」へ。

情シスのお悩み、ご相談ください

専門スタッフが貴社の課題に合わせたご提案をいたします。

メールでのお問い合わせはこちら →
60分無料相談